Netflix のドラマ「Witcher」内では詩人ヤスキエル(ゲーム版ではダンディリオン)がいくつかの曲を演奏します。「Her swee kiss」はエピソード6「神秘なる生物」のエンディングで歌われる曲です。
自分としてはヤスキエル(ダンディリオン)の友情に厚い性質が好ましいし、自分がパンロマ・アセクシャル~デミセクくらいのグラデーションにいるのではないかと確信は持てないながらぼんやりと認識していたので、彼がバイセクシャルかパンロマあたりだと嬉しいと思いながらドラマシリーズを通して観てました。小説版も読んだし、ウィッチャー3もプレイしているので、二人の関係性はまだ先が長いことを知っていますし、小説版ではドラマ版ほどヤスキエル(ダンディリオン)がクィアっぽく描かれてはいないのも理解してます。それでも、ドラマ版のエピソード6は非常につらい気持ちになりましたし、歌詞を知って色々と考えてしまいます。
下記に対訳と鑑賞文を記しておきます。
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The fairer sex, they often call it
But her love’s as unfair as a crook
女性のほうが「フェア(美しい / 公平)」*1だと、世間では言われるが
彼女の愛はペテン師のごとく不公平だ
It steals all my reason
Commits every treason
Of logic, with naught but a look
まなざしだけで、僕の理性をすべて盗み
あらゆる論理への裏切りに加担する
A storm breaking on the horizon
Of longing and heartache and lust
募る思いと胸の痛み、そして情欲の
水平線の彼方で嵐が沸き起こる
She’s always bad news
彼女はいつだって悪い知らせ
It’s always lose, lose
負けると決まっている
So tell me love, tell me love
愛する人よ、教えてほしい
How is that just?
どうしてこんな事に?
But the story is this
だけど物語はこうなる
She’ll destroy with her sweet kiss
彼女は甘い口づけで破壊する
Her sweet kiss
甘い口づけで
But the story is this
だけど物語はこうだ
She’ll destroy with her sweet kiss
彼女は甘い口づけで破壊する
Her current is pulling you closer
And charging the hot, humid night
彼女の渦は君を引き寄せ
熱く湿った夜を求めている
The red sky at dawn is giving a warning, you fool
Better stay out of sight
暁の赤く染まった空が警告を発している、愚かな君に
視界に入らないほうがいいぞ、と
I’m weak my love, and I am wanting
愛する人よ、僕は弱く、切望している
If this is the path I must trudge
I welcome my sentence
この道を重い足取りで進むくらいなら
死刑宣告を受けるほうがいい、と
Give to you my penance
Garrotter, jury and judge
君に僕の告白を聞かせよう
死刑執行人、陪審員、判事よ
But the story is this
She’ll destroy with her sweet kiss
Her sweet kiss
だけど物語はこうだ
彼女は甘い口づけで破壊する
甘い口づけで
*1 farer sex は詩の中で女性を指す古風な言葉。直訳すると「美しいほうの / 公平なほうの 性」
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この詩は一見するとゲラルトとイェネファーの愛を歌ったロマンチックな曲ですが、登場人物に注目すると異なる側面がみえてきます。
第一連では
「Her」…第一の人物。題名にも登場し、「彼女」というくらいなので女性です。
「My」「Me」…第二の人物。「僕」としましょう。
「My Love」…僕の愛する人。この人物は「彼女」だろうか…というのが鍵です。
主人公は「彼女のまなざしが僕の理性を盗む。愛する人よ、どうしてこんなことに?」「彼女は不吉な知らせ」「彼女の愛は不公平だ」と嘆いています。a crookは詐欺師や悪党を指し、かなり強い非難の言葉に聞こえます。イェネファーは倫理面からみてそれなりに逸脱した行動をとることもありますが、ゲラルトがイェネファーを強く非難した事はなかったと思います。ゲラルトにとってはほとんど一目ぼれに近いものとして描かれていた印象です。
第二連では、「彼女は甘い口づけで破壊する」と謳われます。
ここは肝の部分なので繰り返し登場します。
第三連になると登場人物が増えます。
「You」…「君」は、第三の人物です。
「彼女」は「君」を誘惑して熱い夜を求める一方で、「僕」は重い足取りで「この道」を行くくらいなら死んだほうがマシだ、と「愛する人」と「死刑執行人、陪審員、そして判事」に語り掛けます。
これは小説に登場しますが、ヤスキエル(ダンディリオン)は「絞首刑(死刑)になる」という予言を受けたことがあります。つまりこの詩の主人公の「僕」というのはゲラルトではなく、ヤスキエル自身とも考えることができます。
この解釈でみると第一連での主人公の嘆きはヤスキエル自身のイェネファーに対する非難と嘆きです。「彼女」の訪れは「僕=ヤスキエル」にとって不吉な知らせです。彼女のまなざしをみると、「僕」の不安は嵐のように沸き起こります。
第二連の彼女は口づけで破壊する、というのはエピソード6の最後で描かれたように、ゲラルトとヤスキエルの長く続いた友情への打撃を指しているのでしょう。エピソード6の終盤、ゲラルトはイェネファーに拒絶された怒りをヤスキエルにぶつけました。「すべてお前のせいだ」というゲラルトの言葉に対するヤスキエルの返事は「そんなの不公平だ」というものです。その返答は第一連冒頭に登場する「fairer(フェア)」「unfair(不公平)」という単語を想起させます。
第三連では「死刑執行人、陪審員、判事」という一文がありますが、Garroter(死刑執行人)はゲラルトと韻を踏むとヤスキエルが考えている言葉であり、また、ヤスキエルは小説かゲーム(うろ覚え)において「ゲラルトは死刑執行人と陪審員、判事を同時に演じようとする傾向がある」と評していました。「彼女=イェネファー」が「君=ゲラルト」を誘惑し、こんなことなら「僕」は死んだほうがマシだと「君=愛する人=死刑執行人にして陪審員、判事でもあるゲラルト」に訴えている、という解釈も成り立ちます。「僕」が進まなければならない「この道」とは、ヤスキエルがひとりで去らねばならない旅の帰り道であり、ゲラルトとの別離かもしれません。
エピソード6の冒頭で、イェネファーはヤスキエルに「目尻の皺が増えた」と指摘しました。ウィッチャーと人間は老化の速度が異なります。ゲラルトは全く変わらないにも関わらず、彼と出会った頃には青年だったヤスキエルに今や老いの兆候が表れています。一方で、魔法使いのイェネファーは長寿でむしろゲラルトよりも長生きをしているくらいです。彼女の愛は「不公平」であり、「最初から負けが決まっている」とヤスキエルが嘆くのも無理はないでしょう。
無類の女好きとして描かれる一方で、ヤスキエル(ダンディリオン)のバイセクシャル性(詳しく描かれていないので、あるいはパンセクシャルか、同性に対してはパンロマンティック・デミセクシャルかもしれませんが)はドラマ内でも、ゲーム内でも何度か登場していたように思います。「誰も必要としない」と強がる入浴中のゲラルトに「でも君はここにいる」と訴えかけるドラマ内の場面は印象的でしたし、ゲーム内では異性装の男性を男性と知りながら口説いたことがあると判明しています。また、彼のパトロンの一人はギャングのボスで、ヤスキエル(ダンディリオン)に不動産を相続させています。その件についてヤスキエル(ダンディリオン)は多くを語りませんが、端的な説明としては「あいつはロマンチストだから」と述べていました。このギャングボスは別ゲームとして発売されているグウェントのゲームにカードとして登場し、その容貌はゲラルトに似ているようにもみえます。